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何かと何かが出会うこと。これはとても大きなことです。何か大きいかというと、勿論その出会いから生まれるさまざまなものもそうなのですが、その出会いというのが決して自分でコントロールできるものばかりでないことです。
時として、出会ったことにすら最初は気がつかないかもしれません。でも、何かと本当の意味で出会うとそれは自分のコントロールとは全く別の時限でひとりでに発展して知らないうちに自分でも想像もしなかったようなところにたどりつくことがあります。
先日、私の教える洗足大学とマイアミ大学とのコラボレーションがあり、現地で音楽を通してコミュニケーションをとる学生たちをみていて、そんなことを考えました。ジャズという音楽に出会う場所、時、きっかけは全く違っていても同じ何かに出会った人たちが言葉でのコミュニケーションがそれほどとれなくても、一緒に共通のものをシェアしている、これは、頭で考えている以上にすばらしいものでした。
ミュージシャンとリスナーとの出会いも同じものがあるかもしれません。ミュージシャンがつくる音楽のイメージはおそらく聞いてくれるリスナーのそれとは同じであることは少ないと思います。これは音楽のすばらしいところでもあります。ミュージシャンがどんなイメージでつくろうと、それはあまりリスナーには関係なく、リスナーの中で新しいものになって音楽がさらに発展する。今まではこういう、音楽が一人歩きすることがすごく音楽の素晴らしい部分であると思っていました。
今でもそう思っています。でもこの頃、同時に、ミュージシャンもリスナーもイメージのきっかけとなっているのは同じその音楽であることも確かだなあって思います。そういう意味ではミュージシャンとリスナーは何か一つのものを共有しているんですね。そしてその共有しているものって何かとっても深い部分にあるものな気がします。育った環境、年齢、考え方は確実に違う複数の人間が、、勿論人が違うから違うイメージをもつんですが、、、一つの音楽の中で個人のイメージとかいうものよりもっと深い部分で、その音楽のもつ何か深い部分で共有している、これは音楽のもつエネルギーの重要な部分なんだ、って思うようになりました。
何か言葉では表現できないけど、とっても深いとこで何かを共有すること。多分、出会いっていうのはここにつながるものなんですね。
これが音楽のもつパワーなんだと思うし、人と人がもつパワーでもあるのだと思います。